徒然草① 収録作品&本文
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【冒頭:つれづれなるままに】→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
つれづれなるままに、日暮し、硯に向かひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
【ある人弓を射ることを習ふに】→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
ある人、弓射る事を習ふに、もろ矢をたばさみて的に向ふ。師のいはく、「初心の人、二つの矢を持つ事なかれ。後の矢を頼みて、初めの矢になほざりの心あり。毎度、ただ、得失なく、この一矢に定むべしと思へ」といふ。わづかに二つの矢、師の前にて一つをおろそかにせんと思はんや。懈怠の心、みづから知らずといへども、師これを知る。このいましめ、万事にわたるべし。
道を学する人、夕には朝あらん事を思ひ、朝には夕あらん事を思ひて、重ねてねんごろに修せんことを期す。いわんや、一刹那の中において、懈怠の心ある事を知らんや。
何ぞ、ただ今の一念において、直ちにする事の甚だ難き。
【奥山に、猫またといふものありて】※「猫また」→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
「奥山に、猫またといふものありて、人を食らふなる。」と、人の言ひけるに、「山ならねども、これらにも、猫の経上がりて、猫またになりて、人取ることはあなるものを。」と言ふ者ありけるを、何阿弥陀仏とかや、連歌しける法師の、行願寺のほとりにありけるが、聞きて、ひとりありかん身は、心すべきことにこそと思ひけるころしも、ある所にて夜更くるまで連歌して、ただひとり帰りけるに、小川の端にて、音に聞きし猫また、あやまたず足もとへふと寄り来て、やがてかきつくままに、首のほどを食はんとす。肝心も失せて、防がんとするに力もなく、足も立たず、小川へ転び入りて、「助けよや、猫またよや、猫またよや。」と叫べば、家々より、松どもともして、走り寄りて見れば、このわたりに見知れる僧なり。「こはいかに。」とて、川の中より抱き起こしたれば、連歌の賭け物取りて、扇・小箱など懐に持ちたりけるも、水に入りぬ。希有にして助かりたるさまにて、はふはふ家に入りにけり。
飼ひける犬の、暗けれど主を知りて、飛びつきたりけるとぞ。
【丹波に出雲といふ所あり】→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
丹波に、出雲といふ所あり。大社を移して、めでたく造れり。しだの某とかやしる所なれば、秋のころ、聖海上人、そのほかも人あまた誘ひて、「いざ給へ、出雲拝みに。かいもちひ召させむ。」とて具しもて行きたるに、各々拝みて、ゆゆしく信おこしたり。
御前なる獅子・狛犬、背きて後ろさまに立ちたりければ、上人いみじく感じて、「あなめでたや、この獅子の立ちやう、いと珍し。深きゆゑあらむ。」と涙ぐみて、「いかに殿ばら、殊勝のことは御覧じとがめずや。むげなり。」と言へば、各々怪しみて、「まことに他に異なりけり。都のつとに語らむ。」など言ふに、上人なほゆかしがりて、おとなしく物知りぬべき顔したる神官を呼びて、「この御社の獅子の立てられやう、定めて習ひあることにはべらむ。ちと承らばや。」と言はれければ、「そのことにさうらふ。さがなき童べどものつかまつりける、奇怪にさうらふことなり。」とて、さし寄りて、据ゑ直して往にければ、上人の感涙いたづらになりにけり。
【仁和寺にある法師】→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
仁和寺にある法師、年よるまで石清水を拝まざりければ、心うく覚えて、あるとき思ひ立ちて、ただ一人、徒歩より詣でけり。極楽寺、高良などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。
さて、かたへの人にあひて、「年ごろ思ひつること、果たしはべりぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず。」とぞ言ひける。
少しのことにも、先達はあらまほしきことなり。
【これも仁和寺の法師】→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
これも仁和寺の法師、童の法師にならんとする名残とて、おのおの遊ぶことありけるに、酔ひて興に入るあまり、傍らなる足鼎を取りて、頭にかづきたれば、つまるやうにするを、鼻をおし平めて、顔をさし入れて舞ひ出でたるに、満座興に入ること限りなし。
しばしかなでてのち、抜かんとするに、おほかた抜かれず。酒宴ことさめて、いかがはせんと惑ひけり。とかくすれば、首のまはり欠けて、血垂り、ただ腫れに腫れみちて、息もつまりければ、打ち割らんとすれど、たやすく割れず、響きて堪へがたかりければ、かなはで、すべきやうなくて、三つ足なる角の上に帷子をうちかけて、手を引き杖をつかせて、京なる医師のがり率て行きける道すがら、人のあやしみ見ること限りなし。医師のもとにさし入りて、向かひゐたりけんありさま、さこそ異様なりけめ。ものを言ふも、くぐもり声に響きて聞こえず。「かかることは、文にも見えず、伝へたる教へもなし。」と言へば、また仁和寺へ帰りて、親しき者、老いたる母など、枕上に寄りゐて泣き悲しめども、聞くらんともおぼえず。
かかるほどに、ある者の言ふやう、「たとひ耳鼻こそ切れ失すとも、命ばかりはなどか生きざらん。ただ力を立てて引きたまへ。」とて、藁のしべをまはりにさし入れて、かねを隔てて、首もちぎるばかり引きたるに、耳鼻欠けうげながら抜けにけり。からき命まうけて、久しく病みゐたりけり。
【高名の木登り】※「木登り名人」→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
高名の木登りと言ひし男、人をおきてて、高き木に登せてこずゑを切らせしに、いと危ふく見えしほどは言ふこともなくて、降るるときに軒たけばかりになりて、「過ちすな。心して降りよ。」とことばをかけ侍りしを、「かばかりになりては、飛び降るるとも降りなん。いかにかく言ふぞ。」と申し侍りしかば、「そのことに候ふ。目くるめき、枝危ふきほどは、己が恐れ侍れば申さず。過ちは、やすきところになりて、必ずつかまつることに候ふ。」と言ふ。
あやしき下臈なれども、聖人の戒めにかなへり。鞠も、難きところを蹴出だしてのち、やすく思へば、必ず落つと侍るやらん。
【神無月のころ】→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
神無月の頃、栗栖野といふ所を過ぎて、ある山里にたづね入ること侍りしに、遥かなる苔の細道を踏み分けて、心細く住みなしたる庵あり。木の葉に埋もるる懸樋の雫ならでは、つゆおとなふものなし。閼枷棚に菊、紅葉など折り散らしたる、さすがに住む人のあればなるべし。かくてもあられけるよと、あはれに見るほどに、かなたの庭に、大きなる柑子の木の、枝もたわわになりたるが、まはりをきびしく囲ひたりしこそ、少しことさめて、この木なからましかばと覚えしか。
【相模守時頼の母は】→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
相模守時頼の母は、松下禅尼とぞ申しける。守を入れ申さるることありけるに、すすけたる明り障子のやぶればかりを、禅尼手づから小刀して切りまはしつつ張られければ、兄の城介義景、その日のけいめいして候ひけるが、「たまはりて、なにがし男に張らせ候はむ。さやうのことに心得たる者に候ふ。」と申されければ、「その男、尼が細工によもまさり侍らじ。」とてなほ一間づつ張られけるを、義景、「みなを張りかへ候はむは、はるかにたやすく候ふべし。まだらに候ふも見苦しくや。」と重ねて申されければ、「尼も後はさはさはと張りかへむと思へども、けふばかりはわざとかくてあるべきなり。物は破れたる所ばかりを修理して用ゐることぞと、若き人に見ならはせて、心づけむためなり。」と申されける、いとありがたかりけり。
世を治むる道、倹約を本とす。女性なれども聖人の心に通へり。天下を保つほどの人を子にて持たれける、まことにただ人にはあらざりけるとぞ。
【悲田院の尭蓮上人は】→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
悲田院の堯蓮上人は、俗姓は三浦の某とかや、双無き武者なり。故郷の人の来たりて、物語すとて、「吾妻人こそ、言ひつることは頼まるれ、都の人は、こと受けのみよくて、実なし。」 と言ひしを、聖、「それはさこそおぼすらめども、己は都に久しく住みて、慣れて見侍るに、人の心劣れりとは思ひ侍らず。なべて、心やはらかに、情けあるゆゑに、人の言ふほどのこと、けやけくいなび難くて、よろづえ言ひ放たず、心弱くこと受けしつ。偽りせんとは思はねど、乏しく、かなはぬ人のみあれば、おのづから、本意通らぬこと多かるべし。吾妻人は、我が方なれど、げには、心の色なく、情けおくれ、ひとへにすくよかなるものなれば、初めよりいなと言ひてやみぬ。にぎはひ、豊かなれば、人には頼まるるぞかし。」 とことわられ侍りしこそ、この聖、声うちゆがみ、荒々しくて、聖教の細やかなる理いとわきまへずもやと思ひしに、この一言の後、心にくくなりて、多かるなかに寺をも住持せらるるは、かくやはらぎたるところありて、その益もあるにこそとおぼえ侍りし。
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