枕草子① 収録作品&本文
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【冒頭:春はあけぼの】→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく、山ぎは少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
夏は夜。月のころはさらなり。やみもなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうちひかりて行くもをかし。雨など降るもをかし。
秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いとちかうなりたるに、からす のねどころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるはいと をかし。日入りはてて、風の音、虫の音などいとあはれなり。
冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず、霜のいと白き も、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭もてわたるも いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も 白き灰がちになりてわろし。
【雪のいと高う降りたるを】※「香炉峰の雪」→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
雪のいと高う降りたるを例ならず御格子まゐりて、炭櫃に火おこして、物語などして集まりさぶらうに、「少納言よ、香炉峰の雪いかならむ。」と仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせたまふ。
人々も「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそよらざりつれ。なほ、この官の人にはさべきなめり。」と言ふ。
【うつくしきもの】→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
うつくしきもの。瓜に書きたる児の顏。雀の子のねずなきするにをどりくる。二つ三つばかりなる児の、急ぎて這ひくる道に、いとちひさき塵などのありけるを、目敏に見つけて、いとをかしげなる指にとらへて、おとななどに見せたる、いとうつくし。頭はあまそぎなる児の、目に髪のおほへるを掻きは遣らで、うち傾きて物など見たるも、いとうつくし。
おほきにはあらぬ殿上わらはの、さうぞきたてられて歩くもうつくし。をかしげなる児の、あからさまに抱きてうつくしむ程に、かいつきて寝たる、いとらうたし。雛の調度。蓮のうき葉のいとちひさきを、池よりとりあげたる。葵のちひさき。何も何もちひさき物はいとうつくし。
いみじう白く肥えたる児の二つばかりなるが、二藍のうすものなど衣長にたすき結ひたるが、這ひ出でたるも、また、短きが袖がちなる着てありくも、みなうつくし。八つ九つ十ばかりなどの男児の、声をさなげにて書よみたる、いとうつくし。
鷄の雛の、足だかに、白うをかしげに、衣みじかなるさまして、ひよひよとかしがましう鳴きて人のしりさきに立ちてありくもをかし。また、親のともにつれて立ちて走るもみなうつくし。かりの子。瑠璃の壺。
【はしたなきもの】→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
はしたなきもの。異人を呼ぶに、 われぞとさし出でたる。 物などとらするをりはいとど。おのづから人の上などうちいひそしりたるに、幼き子どもの聞きとりて、その人のあるにいひ出でたる。
あはれなることなど、人のいひ出で、うち泣きなどするに、げにいとあはれなりなど聞きながら、涙のつと出で来ぬ、いと はしたなし。泣き顔つくり、けしき異になせど、いとかひなし。めでたきことを見聞くには、まづただ出で来にぞ出でくる。
【虫は】→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
虫は鈴虫。ひぐらし。蝶。松虫。きりぎりす。はたおり。われから。ひを虫。蛍。
蓑虫、いとあはれなり。鬼の生みたりければ、親に似て、これ も恐ろしき心あらむとて、親の、あやしき衣ひき着せて、「今、秋風吹かむをりぞ来むとする。待てよ」と言ひ置きて逃げて去に けるも知らず、風の音を聞き知りて、八月ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ」とはかなげに鳴く、いみじうあはれなり。
額づき虫、またあはれなり。さる心地に道心おこして、つきありくらむよ。思ひかけず暗き所などに、ほとめきありき たるこそをかしけれ。
蝿こそにくきもののうちに入れつべく、愛敬なきものはあれ。人々しう、敵などにすべき大きさにはあらねど、秋など、ただよろづの物にゐ、顔などに濡れ足してゐるなどよ。人の名につき たる、いとうとまし。
夏虫、いとをかしうらうたげなり。火近う取り寄せて物語など 見るに、草子の上などに飛びありく、いとをかし。
蟻は、いとにくけれど、軽びいみじうて、水の上などを、ただ 歩みに歩みありくこそ、をかしけれ。
【村上の先帝の御時に】→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
村上の先帝の御時に、雪のいみじう降りたりけるを、様器に盛らせ給ひて、梅の花を挿して、月のいと明きに、「これに歌よめ。いかが言ふべき。」と、兵衛の蔵人に賜せたりければ、「雪月花の時。」と奏したりけるをこそ、いみじうめでさせ給ひけれ。「歌などよむは世の常なり。かくをりにあひたることなむ言ひがたき。」とぞ、仰せられける。
同じ人を御供にて、殿上に人候はざりけるほど、たたずませ 給ひけるに、火櫃に煙の立ちければ、「かれは何ぞと見よ。」と仰せられければ、見て帰り参りて、
わたつ海の沖にこがるる物見れば、あまの釣して帰るなりけり
と奏しけるこそをかしけれ。蛙の飛び入りて、焼くるなりけり。
【かたはらいたきもの】
かたはらいたきもの、よくも音弾きとどめぬ琴を、よくも調べで、心のかぎり弾きたてたる。客人などに会ひてもの言ふに、奥の方にうちとけ言など言ふを、えは制せで聞く心地。思ふ人のいたく酔ひて、同じことしたる。聞きゐたりけるを知らで、人のうへ言ひたる。それは、何ばかりの人ならねど、使ふ人などだにかたはらいたし。旅立ちたる所にて、下衆どもざれゐたる。にくげなるちごを、おのが心地のかなしきままに、うつくしみ、かなしがり、これが声のままに、言ひたることなど語りたる。才ある人の前にて、才なき人の、ものおぼえ声に人の名など言ひ たる。よしともおぼえぬわが歌を、人に語りて、人のほめなどしたるよし言ふも、かたはらいたし。
【鳥は】→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
鳥は、異所のものなれど、鸚鵡、いとあはれなり。人の言ふらむことをまねぶらむよ。時鳥。水鶏。しぎ。都鳥。ひは。ひたき。
山鳥、友を恋ひて、鏡を見すれば慰むらむ、心若う、いとあはれなり。谷隔てたるほどなど、心苦し。鶴は、いとこちたきさまなれど、鳴く声の雲居まで聞ゆる、いとめでたし。
頭赤き雀。斑鳩の雄鳥。巧鳥。
鷺は、いと見目も見苦し。眼居なども、うたてよろづになつかしからねど、ゆるぎの森にひとりは寝じとあらそふらむ、をかし。水鳥、鴛鴦いとあはれなり。かたみに居かはりて、羽の上の霜払ふらむほどなど。千鳥、いとをかし。
鶯は、文などにもめでたきものに作り、声よりはじめて、様かたちも、さばかり貴に美しきほどよりは、九重の内に鳴かぬぞ、いとわろき。人の「さなむある」と言ひしを、さしもあらじと思ひしに、十年ばかり侍ひて聞きしに、まことに更に音せざりき。さるは、竹近き紅梅も、いとよく通ひぬべきたよりなりかし。まかでて聞けば、あやしき家の見所もなき梅の木などには、かしかましきまでぞ鳴く。夜鳴かぬも、寝ぎたなき心地すれども、今はいかがせむ。夏、秋の末まで、老い声に鳴きて、虫食ひなど、ようもあらぬ者は名をつけかへて言ふぞ、口惜しくくすしき心地する。それもただ雀などのやうに常にある鳥ならば、さもおぼゆまじ。春鳴くゆゑこそはあらめ。「年たちかへる」など、をかしきことに、歌にも文にも作るなるは。なほ春のうちならましかば、いかにをかしからまし。人をも、人げなう、世のおぼえあなづらはしうなりそめにたるをばそしりやはする。鳶、烏などの上は、見入れ聞き入れなどする人、世になしかし。されば、いみじかるべきものとなりたればと思ふに、心ゆかぬ心地するなり。
祭りのかへさ見るとて、雲林院、知足院などの前に車を立てたれば、時鳥もしのばぬにやあらむ、鳴くにいとようまねび似せて、木高き木どもの中に、もろ声に鳴きたるこそ、さすがにをかしけれ。
時鳥は、なほさらにいふべきかたなし。いつしかしたり顔にも聞えたるに、卯の花、花橘などにやどりをして、はた隠れたるも、ねたげなる心ばへなり。
五月雨のみじかき夜に寝覚をして、いかで人より先に聞かむと待たれて、夜ふかくうち出でたる声の、らうらうじう愛敬づきたるいみじう心あくがれ、せむかたなし。六月になりぬれば、音もせずなりぬる、すべていふもおろかなり。
夜鳴くもの、なにもなにもめでたし。ちごのみぞさしもなき。
【ありがたきもの】→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
ありがたきもの。舅にほめらるる婿。また、姑に思はるる嫁の君。毛のよく抜くる銀の毛抜。主そしらぬ従者。
つゆのくせなき。かたち心ありさますぐれ、世にふる程、いささかの疵なき。同じ所に住む人の、かたみに恥ぢかはし、いささかのひまなく用意したりと思ふが、つひに見えぬこそかたけれ。
物語、集など書き写すに、本に墨つけぬ。よき草子などはいみじう心して書けど、必ずこそ汚げになるめれ。
男、女をば言はじ、女どちも、ちぎり深くて語らふ人の、末までなかよき人、難し。
【五月ばかりなどに】※「五 月ばかりなどに山里にありく」→口語訳・品詞分解・練習問題が必要な人は注文ページへ!
五月ばかりなどに山里にありく、いとをかし。草葉も水もいと青く見えわたりたるに、上はつれなくて草生ひ茂りたるに、ながながとただざまに行けば、下はえならざりける水の、深くはあらねど、人などの歩むにはしりあがりたる、いとをかし。
左右にある垣にある、ものの枝などの、車の屋形などにさし入るを、急ぎてとらへて折らむとするほどに、ふと過ぎてはづれたるこそ、いと口惜しけれ。蓬の、車に押しひしがれたりけるが、輪のまはりたるに、近ううちかかへたるもをかし。
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